Review

2019年7月30日〜8月5日 武蔵野美術大学FAL開催
MAUCC ARTIST FILE vol.1 タシロサトミ展 リーフレットより

「タシロサトミの絵画」
武蔵野美術大学通信教育課程
吉川民仁

 彼女の3年在籍時の課題作品が印象に残っている。それは、モノトーンの作品であったが、私にはその白がとても美しく感じられた。そこには勿論、黒の調子や線などのリズムが響きあってのことだったと思うが、そこには彼女の感性がとても瑞々しく感じられた。その後の卒業制作では、現在のモチーフに繋がっている衣服を題材にしていた記憶がある。卒業制作に選んだ画面は細長く、画面を構築するマチエールにも変化を持たせていた。現在でも見られるステッチやファスナーのリズムは画面に刻まれていたように記憶する。その時はまだ色数も少なく、白黒を基調とした詩情を感じさせる画面であった。多少の不安を抱えながらも、破綻を恐れずに出来る事を模索していた。(本展前に、本人に確認したことだが、今の作品につながる別傾向の制作を同時にしていたようだ。)

 卒業後の初個展では「絵画とは?」といった肩苦しさからも解放されていた。矩形の角は丸みを帯び、色彩はやや不透明な中間色と鮮やかな色面が軽やかに構成され、フラットな背景に部分的に量感を持った絵具層が地と図の対比を成して現れた。物としての存在感を強くし、変形させた支持体は彼女の表現を支えていた。一皮剥けた印象をこの時に感じた。

 絵画は常に物質性を伴うが、物質的な要素の強さは何処かで絵画の不思議さの足を引っ張ってしまうこともある。物質であっても物質だけには感じられないことが絵画の本質的な魅力である。そんな事を彼女の仕事を見る度に絵画と物質の境目が何なのかという問かけが私の中に起こってくる。

 だが、タシロの作品は物としての魅力も併せ持っており、支持体の形態抜きには作品の面白さも半減してしまうだろう。だとすれば、彼女の作品は絵画という枠だけに押し込んで考えていては、居心地がわるいかもしれない。彼女の気に入った支持体に自由自在に関係を構築させることがタシロサトミの世界観であり持ち味なのだ。そして、何よりも彼女の仕事は発展途上の過程にあり、どの様に変化して行くかはまだまだ未知数だ。だからこそ、これまでの積み重ねの上に安住する事なく、果敢に挑戦して行く姿勢を見たいのである。

—————

2022年9月17日〜10月15日 氷川参道ギャラリー(大宮)開催
4colors展 記録集より

「4Colors展の成果を跳躍台に、前進を」
かしまかずお

 変化の激しい現代、多様化が勢い混沌に映る。ICTの飛躍的発展の中、情報は瞬時に世界を駆け巡り共有される。世界のフラット化が進展する。また表面的には自由が謳歌される一方、格差分断による閉塞や孤立が社会問題化している。加えて戦争や核に気候変動等様々な危機の中、生き難い不安な時代である。

作家にとっても厳しい時代だ。現代美術は「何でも在り」、漫画やアニメ、CGアート等とのボーダレス化が進む。またAIのStable Diffusionを使った絵画が人間の手技を超える時代が到来している。絵画行為の意味が問われる。こうした状況で、我国の美術界を支える社会基盤は依然として脆弱だが、表現者は世の中に溢れる。芸術の門戸は誰にも開放され、誰にも強制されない自由な表現の世界があるからだ。

それだけに一層、作家は本質を捉える深い造形思考により唯一無二で高質の作品を創り続ける必要がある。淘汰はあって自然だ。作家の内面から湧き出る作品こそが人々の精神を勇気づけ心を癒すのだ。従って、作家には相応の覚悟と高い熱量が求められる。これは本展参加の作家各自においても、例外でない。

まず石倉かよこである。多彩な表現を見せる作家だ。それは舞台美術やデザイン実務を通して育まれた経験に磨かれたものか。特に小品には顕著で都会的センスをもった洒落た画面は特徴的だ。しかし、石倉に一貫する主題性は希薄で、日常における想いや感覚的なものをモチーフにする。大作の「Next Phase」の「局面」はより明確でありたい。一方、大作「Sun Set View」「City View」は、各情景を色彩鮮やかで的確に表現した美しい画面である。石倉には、今以上に絵画行為の意味を考え色彩感覚と線形に宿る独特のセンスを更に磨きつつ、内面で繰り返される真摯な応答が生む主題性を意識した絵画を期待したい。

次にタシロサトミである。作品の主題は「patchパッチ」だ。造形思考の徹底ぶりは支持体の形状(四隅が丸い形態)からも窺える。タシロは主題に即した思い切った造形上の選択ができる作家だ。地図にも思える作品は、多様な布切れを縫い合せて一つにするパッチワークを想起させる。現代の総力戦の世界では絶えざる争闘・競争がある一方、社会的包摂や共生・共存が困難な問題が存在する。作品に包摂と共創で繋がる世界への明確な意思を感じる。絵具の強いマチエールがありながら、作家のヒューマンセンスが表層を色彩も柔らかな中間色にする。表現諸要素を主題に集中させるその絵画の進化を、期待したい。

玉上順子は再現描写に卓越した作家である。俄かに写真と見紛う程リアルな画面、光に反射する果物に付いた水滴等を至近で観ると、確りとした油絵具の筆触がある。油絵の具による古典技法を学んだと知りその再現力に改めて感心した。果物を主題の大作は、一般的具象表現を超えたスーパーリアリズムと言えよう。一方、小品を観るとこれが同じ作家かと思う程に古典技法の伝統を踏襲した独特の様式美があった。玉上の確かな表現力は絵画の世界を拓いていく筈だ。従って今後は、世界の諸事象に的確に向き合う視座を獲得することが必要と考える。その実践により玉上には、より明確な主題性を持つ表現への挑戦も期待したい。

最後に藤下覚である。藤下は剛腕な造形思考から脱却し、近年は強さと繊細さを共存させる手技により哲学的概念・二項対立を中心に据える。二項対立は作品の主題にする「表層」と内面(内実)はじめ光と影、生と死など多種の事象が存在する。だが作家の主眼は対立自体になく、相反する二つの要素に内在する「本質的な関係性」を摘出してシンプルに表現することだ。内蔵のLED照明を点滅させる作品の創出等、関係性の見せ方も深化してきた。作品の展示方法も単純な並置でなく、今展でも4枚のパネルを非対称的に並べる創意を見せた。立体を含め、今後一層の創意を発揮した新たな造形の出現を期待したい。

作品は作家それぞれの生の現実だ。そして芸術行為の真実は「精神的な価値」の創造である。その為に、現在を生きる作家の不断の探究に基づく造形革新が求められる。各経歴を見ても、挑戦的な作家魂は四人に共通する資質である。作家である限り、終わりの無い試練は今後も続く。異質な四人それぞれに、本展の検証を踏まえた一層の飛躍を俟ちたい。

2022年10月15日
美術評論家