Review

2019年7月 武蔵野美術大学FAL開催 リーフレットより

「タシロサトミの絵画」

 彼女の3年在籍時の課題作品が印象に残っている。それは、モノトーンの作品であったが、私にはその白がとても美しく感じられた。そこには勿論、黒の調子や線などのリズムが響きあってのことだったと思うが、そこには彼女の感性がとても瑞々しく感じられた。その後の卒業制作では、現在のモチーフに繋がっている衣服を題材にしていた記憶がある。卒業制作に選んだ画面は細長く、画面を構築するマチエールにも変化を持たせていた。現在でも見られるステッチやファスナーのリズムは画面に刻まれていたように記憶する。その時はまだ色数も少なく、白黒を基調とした詩情を感じさせる画面であった。多少の不安を抱えながらも、破綻を恐れずに出来る事を模索していた。(本展前に、本人に確認したことだが、今の作品につながる別傾向の制作を同時にしていたようだ。)

 卒業後の初個展では「絵画とは?」といった肩苦しさからも解放されていた。矩形の角は丸みを帯び、色彩はやや不透明な中間色と鮮やかな色面が軽やかに構成され、フラットな背景に部分的に量感を持った絵具層が地と図の対比を成して現れた。物としての存在感を強くし、変形させた支持体は彼女の表現を支えていた。一皮剥けた印象をこの時に感じた。

 絵画は常に物質性を伴うが、物質的な要素の強さは何処かで絵画の不思議さの足を引っ張ってしまうこともある。物質であっても物質だけには感じられないことが絵画の本質的な魅力である。そんな事を彼女の仕事を見る度に絵画と物質の境目が何なのかという問かけが私の中に起こってくる。

 だが、タシロの作品は物としての魅力も併せ持っており、支持体の形態抜きには作品の面白さも半減してしまうだろう。だとすれば、彼女の作品は絵画という枠だけに押し込んで考えていては、居心地がわるいかもしれない。彼女の気に入った支持体に自由自在に関係を構築させることがタシロサトミの世界観であり持ち味なのだ。そして、何よりも彼女の仕事は発展途上の過程にあり、どの様に変化して行くかはまだまだ未知数だ。だからこそ、これまでの積み重ねの上に安住する事なく、果敢に挑戦して行く姿勢を見たいのである。

武蔵野美術大学通信教育課程
吉川民仁