Statement

私の興味は、自分と世界がどのように関わったのかにあります。
最初に意識したのは自分の肌と直接触れ合う距離にある日用品との関係でした。美大卒業後まず取り組んだのは《used》(古着、使い古した)シリーズで、どのように扱ったのかを記憶する鞄のヘタレ具合を表す輪郭線や、洗濯のたびに色あせて少し毛羽立つ衣服の質感の変化に魅力を感じていました。私の作品画面上にある破線は、補修の縫い目であり、変化の痕跡であり、馴染むことで消えていく境界線です。

used#14

同じテーマで枚数を重ね50枚を超えた頃には、古着というフィルターの先にあるものに向き合わざるを得なくなり、より核心に近い表現として《relationship》(関係性)と題するようになりました。どのような物語が展開されたのかの記録が《used》で、見ているのは《relationship》です。そして興味の対象は、人間どうしの関わりを含んだものへと広がっていきました。私たちは目の前の人物とどのような関係を結び、いかに干渉しあったかによって、自分の役割を理解し、行動を規定します。自分の輪郭線を定義するのは、つまるところ他者との関係性であると考えます。私は自分と世界の境界線上でおきた様々な出来事について思いを巡らせ、毎日変化する両者のせめぎ合いを作品にします。

「あなたの作品は、地図に見える」と言われることがあります。破線が国境に見えるのです。私は、国境とは陣取り合戦の痕跡だと考えています。それは国と国がどのように関わったのかを表現する線であり、私はそこにも《relationship》を見出します。地図に見えるのは、同じものを描いているからでしょう。

relationship#01

新品の靴は、靴擦れをおこし踵を傷だらけにするかもしれません。それでも工夫しながら我慢して、しばらく履いていると形状は変化し、足の傷は治り、いずれは快適な1足となる可能性があります。そんな極めて日常的な、ささやかな出来事を見つめた先にあった世界地図との相似性に面白さを感じます。そこにあるあまりにも大きな縮尺の差と、抽象という表現のもつ広がりの豊かさに目眩がするような感動を覚えます。

そして《relationship》も50枚を超え、2021年からは《patch》(あて布)というタイトルを付けています。ある程度の枚数を重ねるとタイトルを変更したくなるのは、描けば描くほどに、絵をひとことで言い表すことの乱暴さが気になり、我慢ができなくなるためです。言葉では表現できないものを描いているという自負もあります。《patch》は継ぎ当て用の小さい布のことで、私の作品の特徴である破線が縫い目からきていることを示唆する言葉として選びました。絵で描こうとしている観念的なものを表す言葉ではなく、造形的な特徴を説明する言葉なら、長く付き合えそうだと考えています。

patch#21

《used》《relationship》《patch》とタイトルが違うものになっても、興味の対象、描こうとしているものは変化していません。私の関心事は常にそこにあり、日々の暮らしはその視点で捉えられています。習慣を丁寧になぞりつつ目を凝らし感性を研ぎ澄ませて、自分と世界の境界線上に引かれる、極めて人間的な、多くのゆらぎを含んだ線をすくい取るようにして制作しています。

2022.1月 タシロサトミ